龍染庵のこと 〜萩原 宗宏〜




 
 
龍染茶道教室を創設した、龍染庵萩原宗宏は、昭和23年都千家(当時は都茶道会)岡本宗聞先生に入門します。岡本先生からは茶道の稽古の傍ら座禅の修行をも勧められ、1年余り長全寺に参禅されました。
 昭和34年秋、家元の門を叩いて、本格的に茶道の修業が始まります。48年には、現在のビルに教場として、龍染茶道教室を開設し、多くの門弟を育成しておりましたが、平成4年病を得て壮絶な闘いの末に矢尽き刀折れ、翌5年12月、黄泉へと旅立ちました。
 現在、龍染茶道教室は、虹染庵萩原宗沙が継いで都千家茶道を広めています。


(龍染庵宗宏の点前)


(現茶道教室主宰者の萩原宗沙)




都千家のこと
 
 都千家茶道初代家元森山宗江は、大分県日田市の出身で幼児より茶道の修行に励み、はじめは南坊流を修め、求道の志深く上京して、表千家、江戸千家と研鑽を重ねて、東都女流茶人としての名をあげていました。
 昭和23年2月、都茶道会を結成して研究会の開催、後進の育成に努める一方、皇族や外国の賓客の方々を茶事・茶会にお招きして日本文化の紹介にも努めました。翌24年5月3日には、女性茶人としては初めて、明治神宮の献茶奉仕にあたりました。
昭和25年11月、都茶道会の後援者や社中一同のす すめにより都千家を創立して家元となりました。


(初代家元を迎えての初釜−昭和49年−)